東北学院大学

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博物館

主な収蔵品と調査研究

市川橋遺跡(宮城県多賀城市)(平安時代)シンボル展示「墨書人面土器」

発見とその後

昭和36年(1961)頃、多賀城市市川橋付近で砂押川の大規模な改修工事が行われた。場所が古代陸奥国の中心地だったため、川底を掘るとたくさんの土器や瓦が出土した。墨書人面土器はその中にあったようだ。

昭和37年(1962)に東北学院大学職員渡辺幸七氏が工事現場の作業員から譲り受け、工学部の設立を記念するものとして応接室に展示されていた。

その後、文学部史学科加藤孝 助教授(当時)は、墨書人面土器を土樋キャンパスに持ち帰り研究資料としていたが、定年退職時に多賀城市埋蔵文化財センターに寄託した。多賀城市埋蔵文化財センターでは最近まで展示されていたが、平成21年(2009)4月に大学博物館設立に伴い当館の所蔵資料となった。

特徴

土器の高さ16.2cm。ろくろ仕上げで、周囲に顔が4面描かれており、髭の様子や表現に違いがある。土器の表面を正確に4分割しそれぞれの顔が端正に描き出されている。墨で人面を表現した土器は全国的に数多く発見されているが、本資料の表現が最も端正で優れており全国的に有名である。

時代と使われ方

土器の特徴から見て平安時代の作品である。土器に描かれた顔は、疫病神などといわれており、土器にツミやケガレを封じ込め川に流すお祓いに使用されたと考えられている。

発見された場所から見て、古代陸奥国の役所であった多賀城に勤務した人々が祈りを込めて人面を描き、ケガレを砂押川に流したのだろう。