東北学院大学

学長の部屋

2020年度9月期卒業式告辞

9月卒業生の皆さんご卒業おめでとうございます。またこの日を迎えた保護者の皆様のお喜びはいかばかりかと存じます。東北学院大学を代表しまして、心よりお祝い申し上げます。いま、ここには学士号を取得した学部卒業生41名を迎えています。

さて、新型コロナウイルス感染症の拡大によりウィズ・コロナによる「危機」を迎えて半年以上が経過しました。この間、COVID-19により世界では約3200万人の感染者、日本では約8万人、宮城県では約380人を数えています。死に至るこの恐ろしい感染症の拡大を回避するために、政府の緊急事態宣言により経済的機能が一時停止し、この東北学院大学においても、前期は連休明けから原則オンライン授業を実施し、キャンパスでの授業は7月6日からわずかに再開されましたが、卒業する皆さんは、オンライン授業を通じて卒業に必要な最後の単位を取得し、学窓を去ろうとしています。

新型コロナウイルス感染症の病原体は、長年コウモリに共棲していた病原体が人に伝播し、やがて人間を寄生相手である宿主(しゅくしゅ)として、人から人へと移るようになりました。人間は、科学や技術によって産業革命を発展させ、自然を克服し、天然痘の撲滅によって、感染症からも自由になったと自慢していた矢先に、COVID-19に襲われたのです。

地質学の年代区分に「人新世」(じんしんせい)という区分が適用されようとしています。人とは人間、新世とは、新しい世と書きます。英語では、「アントロポセン」といいます。産業革命以降の200年間、人類がもたらした森林破壊や気候変動の影響はあまりにも大きく、「完新世」という長年続く現在の地質年代区分を、「人新世」に置き換えるべきだという趣旨です。この「人新世」という時代ですが、人間の力が自然に対してあまりにも強すぎるため、気候変動により大災害が頻発するようになり、また自然の隅々まで開発の手を広げたことで、人間は、未知の病原体という『自然』から手ひどい逆襲を受けるようになっています。

皆さんも承知のことだと思いますが、この夏、仙台の住宅街の近くを流れる広瀬川にクマが出没したということが話題になりました。都市化が進んだ結果、野生動物との接触の機会が増え、病原体をうつされるリスクも高まっていることを象徴する出来事だったと思います。英国の環境学者ケイト・ジョーンズは、『野生動物から人間への病気の感染は、人類の経済成長の隠れたコストだ』と指摘しています。これまでも、家畜を飼うことで、動物由来の感染症は増えました。はしかはイヌ、天然痘はウシ、インフルエンザはアヒルと長年共棲していた病原菌が人間へと移り、人間を宿主とした結果です。

しかし、今回のCOVID-19については、その行方はまだ分かりません。多くの感染症は人間の間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し、弱毒化する傾向があります。病原体のウイルスや細菌にとって人間は大切な宿主。宿主の死は、自らの死を意味します。病原体の方でも人間との共棲を目指す方向に進化していくのです。また逆に、強毒化する可能性も否定できません。原因ははっきりしませんが、1918-20年に流行したスペイン風邪がそうでした。1918年の夏に収束したと思われたスペイン風邪が、秋から冬にかけてぶり返し1920年の冬までより多くの死者を招いたのです。私の尊敬する社会科学者マックス・ヴェーバーも1920年にスペイン風邪で落命したといわれています。

皆さんは、このような「危機」の中で、東北学院大学を卒業しようとしています。実は、私は、「危機」の中で、東北学院大学の建学の精神を改めて認識しました。入学後ホテルや旅館に1泊して開催される新入生オリエンテーション・キャンプを中止し、前期の授業を原則オンライン授業で行うことを決定した時、6学部の学部長の先生方から異口同音に「一人の学生も迷うことなく」との言葉が発せられました。私は、この言葉から、「迷い出た羊」を大切にするという聖書の教えを連想しました。「ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を探しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もしそれを見つけたら、迷わずにいた九九匹より、その一匹のことを喜ぶであろう」(マタイによる福音書18章12-13節)。個人の尊厳を建学の精神に謳う東北学院ならではの合言葉です。学院のスクール・モットーLIFE LIGHT LOVEでいうなら、LIFE、すなわち、生命と個人の尊厳を大切にすることにあたります。「危機」というのは、様々な嫌な側面が露呈するものですが、その中で表明された「一人の学生も迷うことなく」という東北学院大学の合言葉に、建学の精神と、134年の学院の長い伝統の中で培われた「個人の尊厳」を大切にする気風を感じた次第です。

現在、COVID-19による「危機」に際して、私たちができることは限られています。「トリアージ」というそうですが、医療現場において、人工呼吸器の絶対数が不足すると、高齢の重症患者と若い重症患者、どちらに呼吸器を優先的に装着するか、という選択が迫られることになるのは皆さん承知のことだと思います。「トリアージ」は人工呼吸器が不足した世界各地で多発しています。若者に人工呼吸器を回さざるをえないとの判断。それは、「最も弱い人」を見捨てても仕方がないという感覚であり、それが定着してしまうと、人間同士の信頼の欠如や人心の荒廃を招きかねません。私たちは、ウィズ・コロナという新しい生活様式の中で、徹底した感染症防止策をとることで、感染症の広がる速度を抑えることができます。これは患者の急増を防ぐことにつながり、人工呼吸器にも余裕をもたらします。さらにいえば、病原体の弱毒化効果も期待できます。新たな宿主を見つけづらい状況では『宿主を大切にする』弱毒の病原体が有利になるからです。

「危機(英語のcrisis)」には、「分ける」「決める」「区別する」「転換点」など、いくつかの意味があります。ポスト・コロナの時代の生活様式は、これまでとは大きく異なることでしょう。皆さんが会社に就職したからといったって、リモートでの仕事が多くなり、毎日出社しなくともよくなるのだと思います。この「危機」の中にあって、私たちが、感染症の性格をよく把握して、「個人の尊厳」を大切にするための工夫と努力を重ねるなら、ポスト・コロナの時代は、すべて人間にとって希望に満ちたものになるのだと思います。LIFE LIGHT LOVEを掲げる東北学院大学であり、皆さんはその卒業生です。これからの長い人生、「危機」の中で絶望するのでなく、希望に満ちたポスト・コロナの時代を実現していってもらいたいと切に願う次第です。

ご卒業を心より祝福し、挨拶とします。

2020年9月30日

東北学院大学 学長 大西 晴樹