東北学院大学

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「ボストン・ブラーミンのキリスト教と仏教『教義と寛容』」 開催報告

2019年12月26日

 12月21日、土樋キャンパスホーイ記念館ホールにおいて、第3回のジョン・ラファージ研究シンポジウムが開催されました。今回はラファージ(1835-1910)の出自であるボストンのエリートたち(ボストン・ブラーミンと呼ばれる)の信仰について、フェノロサ(1853-1908)、ビゲロー(1850-1926)、そしてパーシヴァル・ローエル(1855-1916)という明治初期に日本に滞在し、日本とアメリカの両国にとって重要な3人に注目したシンポジウムでした。
 そのボストン・ブラーミンの中心はハーヴァード大学、信仰は、ハーヴァード大学の学内にスエデンボルグ(1688-1772)礼拝堂を持ち、建物に超越主義者エマソン(1803-82)の名を冠するユニテリアンのキリスト教です。
 冒頭、企画者である文学部の鐸木道剛教授は、1886年に日本に滞在したジョ191226-2_1.jpgン・ラファージが、アメリカにおいてキリスト教の様々な宗派の教会にステンドグラスを制作していたこと、それだけでなくラファージは多神教的また仏教的不可知論の感受性も持っていたことを紹介しました。また、子安宣邦による江戸時代の本居宣長(1730-1801)の神道観、また山田晶によるローマ帝国時代のストア派の宗教観を引用して、超越をいう宗教であれば、ローマの宗教も神道も仏教もキリスト教も旧約レベルでは一致すること、ただしキリスト教と仏教では、完全な人としての神の物質化をいう受肉と、あくまで方便としての低次の物質化をいう『本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)日本の神々と大陸から伝来した仏教を融合させた日本オリジナルの宗教信仰の1つとされる説)』との間に違いがあることを示しました。
191226-2_2.jpg パネリストのダヴィド・エッケル氏はボストンにおけるフェノロサを紹介しました。仏教とキリスト教について、ボストンのトリニティ教会にある、ボストンの有名な説教者フィリップス・ブルックス像の肩に手を置くキリスト像の顔は、「ボストンのもっとも有名な仏教徒」フェノロサであるという都市伝説の例なども挙げて、ヘーゲル流にスペンサー(1820-1903)また西谷啓治(1900-92)のように両者を弁証法的関係と捉えるのではなく、キリスト教も仏教も同じメッセージの信仰として語ることの重要性を指摘しました。
 ロジャー・ウォーナー氏は、ビゲローの末裔であり、日本はビゲローにとっ191226-2_3.jpgてボストン社会からの逃避であり、日本で受戒して仏教徒になったが、帰国すると元の伝統に戻って、埋葬もキリスト教に従ってなされているのであり、彼が日本で購入した美術品をボストンに寄贈することは彼にとっての作善行為であったと考えられると説明。キャロル・バンディ氏もパーシヴァル・ローエルの子孫であり、ローエルにとって、朝鮮を含む東洋は西洋を写す鏡であり、日本では能登半島を探索し、また191226-2_4.jpg山岳登山で、ダーウィンの進化論とは異なる、神の御心に従う目的を持つ世界像を探求しました。しかし御嶽山でトランス状態の修験道の僧たちをみて、神道研究に熱中するようになり、また自己滅却を感動的な仏教の経験と記し、物質世界を超えるものとしての日本や朝鮮探求が、最後にアリゾナの天体観測所での別世界火星探求さらには冥王星の予測に至ったことを説明しました。
 会場には専門家が東京、岐阜、岡山などからも参集し、シンポジウム終了後もパネリストたちとの近代神道と我々の日常の神道的感受性についての議論が続き、またビゲローの同性愛的傾向についてもビゲローの親族であるロジャー氏でしか知れないことについての質問もあり、包括的で寛容なボストンの精神性についての充実した議論が続き、あたかも明治初期のボストンのエリートたち(ボストン・ブラーミン)が現代の東北学院に再来したかのようでした。

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