東北学院大学

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ヒートン・バトラー&バイン工房の1932年の見本帳から「昇天」ステンドグラス

2017年10月13日


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171013-1_2.jpg ロンドンのヴィクトリア朝以来の重要なステンドグラス工房のヒートン・バトラー&バイン(Heaton Butler & Bayne)工房(以下、HBB工房)の1932年の商品見本帳からの一枚です。リンカーン大学のジム・チェシャー准教授が、3月18日の本学での「東北学院のステンドグラス:19世紀の中世復興と物質文化」シンポジウムのためにロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で調査中に発見したもので、本学でのシンポジウムで初めて発表されたものです。そのあと、本学のホームページへの掲載のためにヴィクトリア&アルバート博物館に依頼していた写真が届きました。
 1931年7月1日付の横浜のシングルトン商会からシュネーダー院長に宛てた手紙によると、シュネーダー院長が、ステンドグラスのデザインは「ヒートン・バトラー&バインの14068番のスケッチに似たもの」にすること、ただし「両側のぞれぞれの窓の光の中に巻物を抱えるふたりの天使は省」くこととの指示をしたと記されており、シュネーダー院長がHBB工房の見本のスケッチから選んだことがわかります。
 今回チェシャーさんがヴィクトリア&アルバート博物館で発見されたのは、1932年9月発行のもので、シュネーダー院長が見た商品見本ではなく、また学院の5連窓ではなく、3連窓のためのコンポジションですが、1年違いですし、両者の昇天のキリストは空間の幅の違いで拡げた両手の高さが異なるが体はポーズも衣紋線も同じで、中央下のヨハネの肩から下の体の向きが同じだけでなく、その向って左隣の使徒も全く同じ形です。また上下にゴシックの建築モチーフのトレサリーを置き、銘文は下部の帯状のトレサリーの上に配するところも共通しており、シュネーダー院長はこのような見本を見て、注文を出したと推測できます。この見本スケッチには右下に工房名「ヒートン・バトラー&バイン(Heaton Butler & Bayne)」と「ロンドン  ニューヨーク(London New York)」との記載がありますが、本学のステンドグラスにも左下に同じように慎ましやかに工房名とロンドンとの記載があります。

171013-1_3.png ヴィクトリア朝以来の近代のステンドグラスはいまだ評価は定まっていません。神の国を再現する意味では「芸術(art)」ですが、集団による分業制作である点では産業(industry)です。その分業の様相も、想像は付くものの、具体的な仕事ぶりとその意味についてはイギリスでも研究されていません。同じ下絵スケッチが使い回しされたこともあるでしょうし、個人の画家が意欲的に采配をふるったこともあるでしょう。しかし技術的には分業にならざるをえません。
 そういうなかで、我が東北学院のHBB工房によるステンドグラスは、細部まで疎かにされず、極めて密度の高い作品です。HBB工房のなかで、またイギリス近代のステンドグラスのなかでどういう位置を占めるのか、今後の調査に期待するところです。