東北学院大学

法学部

国際司法裁判所(ICJ)の裁判官の任期が9年である理由(下)

2023年12月19日

 9年という任期が持つ、制度上の理由を考えてみましょう。この9年という数字は決して当然のものではありません。PCAの裁判官の任期は6年でした。国際海洋法裁判所の裁判官の任期もまた9年です。日本の裁判所の裁判官の任期は、下級裁判所で10年(再任可能)、最高裁判所の場合は、定年(70歳)までは国民投票の結果罷免されない限り、任期の定めはありません。裁判官の任期は、裁判所によって異なるのです。
 ICJの場合、国際社会の中心的な司法裁判所として重要な点は、裁判所の独立性(政治的影響からの独立)と、公平性(国際社会の多様な国家に対する公平)をいかに確保するか、という点にあると指摘されます(※4) 。ICJ規程2条を見てみましょう。
 
裁判所は、①徳望が高く、且つ、各自の国で最高の司法官に任ぜられるのに必要な資格を有する者又は国際法に有能の名のある法律家のうちから、②国籍のいかんを問わず、③選挙される④独立の裁判官の一団で構成する。(注:下線と数字は筆者による)
 
 ICJがどのような裁判官から成るのか―この規定を読むだけでも、多くのハードルがあることがわかります。①の条件を満たすのは大変なことです。徳望が高いだけではなく、極めて優れた法律家でなければなりません。日本はこれまでに、小田滋判事、小和田恆判事を輩出し、現在は岩沢雄司判事がICJ判事を務めておられます。日本が推薦するだけではなく、③にあるように国連総会及び安全保障理事会で選出される必要があります。また、②国籍を問わないことになっていますが、その趣旨は、政府の代表としてではなく、個人の資格で選出されるということです(④)。
 さて、この規定により、裁判所の独立性と公平性は確保されるでしょうか?いかに裁判官個人が、政府の代表としてではなく、独立の法律家として良心に基づく行動をしようとしても、例えば②の手続、裁判官の選挙の手続の過程では、国連安全保障理事会の常任理事国の同意投票が必ず必要である点から見ても、諸国による政治的配慮を完全に排除することは難しいでしょう。しかし、裁判官としては、独立して法的判断を下すことが求められています。
 また、「裁判官全体のうちに世界の主要文明形態及び主要法系が代表されるべき」(ICJ規程9条)という考えから、アジア3名、アフリカ3名、ラテン・アメリカ(中南米)2名、東欧2名、西欧その他(北米・大洋州を含む)5名、という配分で、裁判官が選出されています。裁判官の構成の普遍性を確保することで、公平性を担保するという要請に応じたものです。その上で、3年に1度改選し、3分の1を入れ替えます(同13条)(※5) 。いわば裁判所の新陳代謝です。こうして、裁判所の継続性を保ったまま、「新鮮な血の供給」を確保する仕組みです(※6) 。このような仕組みは、特に裁判所の公平性の確保という観点から維持されています。
 こうして、任期9年という数字の意味が少しずつ見えてきたのではないでしょうか。裁判官は極めて優れた法律家でなければならず、加えて政治性を極力排して独立して任務を遂行しなければなりません。そのためには、ある程度の長い任期で職務を全うすることが要請されるでしょう。また、裁判所の公平性を確保しようとすれば、多様な地域から選任され、かつ、安定した法的判断を下すために、ある程度の期間にわたる任期が必要とされるでしょう。これらの総合的な考慮の末、9年という任期が導き出されてきたと考えることができます。
 かつて、国連では、ICJの構造を再検討する議論がありました(※7) 。そこでは、裁判官の独立性や公平性を確保する上で、9年という任期が妥当だという意見もあれば、短縮すべき、あるいは延長すべき、といった意見も出されました。これらの主張は、表向きは、どのように裁判官の独立性と公平性を実現するのかという方途に関する見解の相違です。しかし、その背後には、ICJに対する政治的影響に関する思惑もまた存在するであろうことは否定できません。
 ICJは現在、多くの諸国によって利用されています。かつてはICJを西欧諸国中心の構成であると批判的に見ていた非西欧諸国もまた、ICJの判断を仰ぐようになっている現状は、ICJへの信頼がある程度醸成されてきたことの証左であると考えられます。そうであるとすれば、PCIJから続いてきた9年という任期もまた、再考の余地は否定できないとはいえ、それなりの制度的意義を認められていると評価することができるでしょう。
 最近は、ウクライナ-ロシア間の武力紛争に加え、ハマス(パレスチナ)-イスラエル間の武力紛争があり、国連というシステムの国際平和と安全の維持に関する役割が批判的に語られることが多くなっています。その中で、ICJは、今後も国際政治と緊張感のある関係を維持しながら、「法の支配」を体現する存在で在り続けることと思われます。

法学部教員 松浦陽子
                                              
※4 牧田幸人「国際司法裁判所の制度上の若干の問題点-国連における再検討論議を中心にして―」『鹿児島大学法学論集』第11巻2号(1976年)56頁。
※5 杉原高嶺『基本国際法(第3版)』(有斐閣、2018年)307頁。
※6 牧田幸人「国際司法裁判所の『基本的組織原理』に関する考察(三)」『鹿児島大学法学論集』第15巻第1号(1979年)99頁。
※7 United Nations Document, A/8382, “Review of the role of the International Court of Justice : report of the Secretary-General”(国際司法裁判所の役割の再検討:国連事務総長報告).