
人物紹介
高橋潔(たかはし きよし、1887年 – 1958年1月9日)は、東北学院の卒業生であり、大阪市立聾学校長として、口話法全盛の時代に手話法の重要性を訴え続けた教育者です。生前より「聾唖者の師父」として日本のろう者社会から絶大な尊敬を受け、後の日本のろう教育に大きな影響を与えた先駆的な人物として知られています。
高橋は仙台藩の下級武士の家の次男として生まれました。東北中学から東北学院に進学し、英語を学びました。東北学院在学中に西洋音楽に触れ、その魅力に夢中になった高橋は、ヨーロッパへの音楽留学を夢見ましたが、家計の困窮からこの夢を断念せざるを得ませんでした。
シュネーダーとの師弟関係
この人生の転機において、高橋に決定的な影響を与えたのが、終生恩師として慕った東北学院院長D.B.シュネーダーでした。シュネーダーの示唆により、高橋はろう教育者の道を志すことを決意しました。
1909年、東北学院における恩師シュネーダーの依頼を受け、高橋は大阪市立大阪盲唖学校の助教諭として赴任しました。同年中に舎監も兼任し、以後、ろう教育に生涯を捧げることになります。1916年には大阪市立盲唖学校の校長に就任し、1952年の退職まで36年間にわたり、その職責を全うしました。
高橋が東北学院で学んだキリスト教的人道主義と「個人の尊厳の重視」という教育理念は、彼のろう教育実践の基盤となりました。
手話法擁護の闘い
高橋が活躍した時代は、日本のろう教育界において口話法が圧倒的な支持を得ていた時期でした。大正期にはアメリカから口話法が輸入され、多くの教育者が口話法を強力に推進していました。1933年には、当時文部大臣であった鳩山一郎の訓示により、日本のろう学校の大半が口話教育を主とし、手話の使用を禁じることも多くなりました。
このような困難な状況の中で、高橋はろう者にとっての手話の重要性をいち早く認識し、口話法に向く者には口話法を、手話法に向く者には手話法を用いる「適性教育」を主張しました。高橋が大阪市立聾学校で実践した「適性教育」はORAシステムと名付けられ、口話法を支持する教育者たちとの間に激しい論争を巻き起こしました。
1932年、全国盲啞学校長会議において鳩山一郎文相による口話法推進の訓辞が示された際、高橋はこの席で手話法の必要性を説く演説を行い、時代の趨勢に敢然と立ち向かいました。
宗教教育と指文字の改革
高橋の教育理念は、単なる教育技術の問題にとどまりませんでした。高橋は論文「宗教教育について」を発表し、ろう学校の児童生徒に対する宗教教育の重要性を説きました。また、ろう者を対象とした大阪仏教日曜学校を超願寺に、大阪キリスト教日曜学校を林寺町教会にて開始し、手話歌による讃仏歌、賛美歌も創作しました。
高橋のもう一つの重要な功績は、指文字の改革です。1926年、東北学院の後輩で大阪市立聾学校教諭であった大曽根源助をアメリカ視察に向かわせました。大曽根はこの視察中にヘレン・ケラーと会い、それまで日本で使われていた指文字の欠点を克服した全く新しい大曽根式指文字を考案しました。1931年、大阪市立聾唖学校式指文字(大曽根式指文字)が制定され、現在まで日本で使われる指文字の基礎となりました。
1932年には、高橋原作による、ろう者を主人公とした映画「声なき唄」が公開され、ろう者の存在と課題を広く社会に知らしめることに貢献しました。
1952年、高橋は大阪市立聾学校を退職しましたが、その後もろう教育の発展のために尽力し続けました。1958年1月9日、71歳で逝去し、その死去に際して勲四等瑞宝章を受勲しました。
高橋の生涯は、娘の川渕依子氏によって伝記小説『指骨』(1967年)として出版され、さらに『わが指のオーケストラ』(山本おさむ、1991-1993年、秋田書店)として漫画化されるなど、その功績は広く知られることとなりました。近年では、伝記映画も制作され、各地で上映会が開催されています。
高橋潔の生涯は、東北学院で学んだキリスト教的人道主義を、ろう教育という困難な分野で実践し続けた軌跡でした。時代の趨勢に抗して手話法の重要性を訴え続けた高橋の信念は、ろう者一人一人の人格と尊厳を何よりも大切にするという、東北学院の建学精神の体現そのものでした。
資料解題
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主な参考文献・資料
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高橋潔略年表
1887年 仙台藩の下級武士の家に生まれる
1900年代 東北中学、東北学院で学ぶ
1909年 シュネーダーの依頼で大阪市立大阪盲唖学校助教諭となる
1916年 大阪市立盲唖学校校長に就任
1926年 大曽根源助をアメリカ視察に派遣
1931年 大曽根式指文字制定
1932年 全国盲啞学校長会議で手話法の必要性を主張
1932年 映画「声なき唄」公開
1952年 大阪市立聾学校を退職
1958年 逝去(享年71歳)、勲四等瑞宝章受勲
主な功績
- 口話法全盛期における手話法の擁護と「適性教育」の実践
- ORAシステムによるろう教育の改革
- 大曽根式指文字の制定支援(現在も使用)
- ろう者のための宗教教育と日曜学校の開設
- 手話歌による讃仏歌・賛美歌の創作