東北学院大学

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地域総合学部政策デザイン学科

学生のための講演会

政策デザイン学科では年に2回、様々な地域社会の「課題」に取り組んでおられる方々をお呼びする講演会を開催しています。政策デザイン学科のみなさんの学びを深めると同時に、自分にできることや将来について考えてみましょう。

2026年度

第7回 学生のための講演会
開催日
2026年7月16日(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
8号館ホール
内容
共生社会をデザインする
―障害学・人権・テクノロジーから考える地域の未来―
講師 石川 准 先生
(社会学者・静岡県立大学名誉教授)

1956年、富山県生まれ。16歳のとき網膜剥離により失明。全盲で初めて東京大学に点字入試で合格する。東京大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科修士課程を修了し、博士課程単位取得退学。博士(社会学)。1989年より静岡県立大学国際関係学部にて教育・研究に携わり、1997年から教授、のち名誉教授。専門は社会学・障害学で、障害を社会の問題として捉える視点から研究と実践を続けてきた。また、視覚障害者の生活を支える支援機器の研究・開発にも取り組み、静岡県立大学発ベンチャー企業である有限会社エクストラの代表取締役を務める。2012年から約10年間、内閣府障害者政策委員会委員長として日本の障害者政策の検討と制度づくりを主導。2017年から2020年までは国連障害者権利委員会委員(2019~2020年は副委員長)として、障害者権利条約の実施状況を国際的な立場から審査・提言してきた。研究・政策・当事者の視点を行き来しながら、障害者の人権保障と社会参加の実現に取り組んでいる。

学生の感想
  • 今回の講演を通して、私は障害と言う言葉の捉え方が大きく変わった。これまでの私は、障害は個人の身体や精神の状態によるものだと考えており、障害のある人が生活しづらいのはその人自身の困難が原因であると思っていた。しかし講演で「障害の社会モデル」という考え方が紹介され、障害とは個人だけに原因があるのではなく、社会の環境や制度、人々の意識によって生み出されるものであると学んだ。社会の仕組みや環境が変われば、障害は小さくすることができるという考え方に深く共感した。これまでは障害者を支援するという言葉をよく耳にしてきたが、本当に必要なのは支援ではなく、誰もが不自由なく生活できる社会を作ることであると感じた。
  • 実際にシステムを作り出すことで世界中の障害をもつ方々の暮らしに役立っていることや、AIを活用することなどのお話を伺い、自分の感じる不自由さを自分の力で解決しようという行動力を見習いたいと思いました。そして社会の構造を見る立場が異なることで、対応のありかたが全く変わるということが勉強になりました。例えば階段を登れない場合に、足に障害があると考えるのか、階段が障害になっているのかというお話は、私にとって新しい視点でした。
    また、多様性を尊重していくなかで、これまで抑圧されたり発言や主張を控えてきたりした人々をしっかりと認識していくことが必要であると感じました。そして政策を実施していく際には、その時々に応じて統合や分離など様々な対応が必要となること、一方的ではない制度を作るために制度設計を行う側と制度を利用する側のすり合わせが必要であり、健常者が勝手な視点に立って政策を行うべきではないことを学びました。当事者である傷害を持っている方々の人権を守ったうえで、社会とかかわっていくという視点を持っていきたいと思いました。
  • 今回の講演会に参加して、障害というものが個人の問題ではなく社会の問題であるということが分かって、私自身も当事者だという実感を持つことができた。お話を聞いていて特に印象に残ったのは、以下の2点である。
    1つは、健常者と障害者の違いについてだ。石川先生はこの話題について健常者を既に配慮されている人々、障害者をまだ配慮が十分でない人々という風に表現された。そして、段差がなければ車いすの人にとって障害はないものと等しいように、障害は社会の設計や環境が生み出しているものなのであると説明してくださった。この解釈に、私はとても大きな衝撃を受けた。なぜなら、この話を聞いて初めて私は自分が既に配慮をされた環境で生きていたことを認識できたからである。環境による生きづらささえなければ、健常者と障害者の違いは個性の範囲に留まる。障害は社会を配慮によって再設計することで解消できるものだったことに気付けたこのお話は、考え方を大きく変えさせられた非常に印象的な話題であった。
    私が大きく影響を受けたもう1つの話は、障害者の生きやすい世界を再設計していく際に必要なのは、障害者目線で考えることではないという部分だった。障害者にとって何が課題で、どのような政策を求めているかは障害者が一番理解している。したがって、障害者に関する法律や施策を打ち出す際に本当に必要なことは、障害者本人に関わってもらうことなのだ。このことを理解したとき、私は潜在的にそのようなことは行政の仕事だと思い込んでしまっていたことを反省するとともに、障害者の問題だけでなく様々な差別問題への取り組みは当事者の方と協働して行うべきだと知ることができた。もし私が行政の関係者だったら、私の役目は当事者目線で政策を練ることではなく、当事者の方を法律や政策を考える場につなげる窓口となることだろう。この話題も、私が認識を大きく変化させられた印象に残るお話だった。
    たくさんのお話を経て、私は政策デザインに対する考え方を改めることができた。人に力を借りることの重要さを理解し、これからは専門家や当事者の方の意見を採ることをより大切にしていきたいと感じた。
  • 暴れる人がいなければ社会は変わりにくいという言葉が強く心に残りました。声を上げて行動する人と、地道に現場で制度づくりに関わる人の両方が必要だという指摘を聞き、自分は普段どちらのタイプでもなく、ただ受け身で社会の変化を眺めているだけではないかと反省しました。大きな声を上げることはできなくても、小さな違和感に気づいたときにそれを見過ごさず、自分にできる形で意思表示をしていきたいと思います。今回の講演を通じて、障害を個人の問題としてではなく、社会全体で取り組むべき課題として捉える視点の大切さを改めて学ぶとともに、自分自身の日常の行動を見直すきっかけを得ることができました。
  • 石川先生がプログラミングを学び、つくったソフトEXTRA for WindowsとJAWS for Windowsもとても興味深かった。石川先生は自分ができないことをできることへ変換しており、その前向きな力が良い社会や支援システムをつくっているのだと考えさせられた。また、わたしが今回の講義でもっとも興味をもったのは、健常者と障害者について、社会モデルの観点から「すでに配慮されている人かどうか」によって区別する考え方である。わたしたちはいままで医学モデル的に区別していた気がする。社会モデルで見たとき、不便を感じている人は必ずしも障害者だけに限らないと思った。社会のニーズにあわせて変化させることで誰もが暮らしやすい社会の実現につながるのではないかと思った。
  • 石川先生の前向きさが印象的でした。生まれつき目が見えなかったわけでもないため、精神的ダメージも大きかったと想像します。生きていくために他人の力を借りなければならず、とにかく自分のことで手一杯だったと想像します。それにもかかわらず、東京大学に前例のない点字入試で進学を決め、海外留学をするなど、とんでもない行動力に講演の最初の段階から圧倒されていました。「自分ひとりでは読み書きが不可能である」→「なら全盲者が読み書きできるソフトを作ろう」→「一からの作成は難しいので海外の完成形を日本語に落とし込もう」と、自分のためでもありながら、目の見えない他の人びとのための行動とアイディアの連続に凄さを感じました。
    社会構造を調整し、だれもが生きやすい社会をつくることが大切なのだとあらためて感じました。当事者の意見の把握の重要性を考えることができました。
  • 私が今回の講演を通して最も印象的だったのは、障害は個人個人の問題なのではなく、社会の構造や環境が作り出している壁であるという社会の考え方です。今後は、ただ壁をなくすだけでなくテクノロジーの活用と暮らしやすい仕組みづくりの両方が求められます。政策デザイン学科で学ぶ一員として、障害の有無に関わらず、全ての人々が自分らしく生きていける未来をどうやったら作っていけるのかについて、大学での学びを通して考えていきたいと思いました。石川先生、今回は貴重なお話を本当にありがとうございました。
  • 車いすに乗っている人がいて目の前に段差があったときに、障害は足なのか段差なのかという問いが興味深かった。視点が変わることで障害の捉え方、解決に必要なことが変わる。社会モデルで考えると、障害は個人の問題ではなく社会の構造や環境が障壁を生み出していると理解できた。そのため、社会の設計や実装を変えることが必要だと感じた。
  • 講演の中では、足が不自由な方を例に「医学モデル」と「社会モデル」という2つの見方が示された。足に問題があるとして本人の身体機能に障害があると捉えるのが医学モデルであり、生活しづらい環境に対して社会の側に障害があると捉えるのが社会モデルである。私が特に興味深いと感じたのは、同じ一つの事象であっても、どの視点に立つかによって「何が問題なのか」という定義そのものが全く変わってしまうという点だ。
    そして、問題の捉え方が変われば、そこに対するアプローチや解決策も変化する。個人の身体に問題があると捉えればリハビリや義足が解決策になるが、環境の側に問題があると捉えればスロープやエレベーターの設置が解決策になる。
    1990年代の大学入試がお願いモードであった時代から、現在では障害がある学生が高等教育機関で学ぶ権利が確立しつつある歴史や、自動点訳ソフト、生成AIといったテクノロジーが発展してきた背景には、この「何が問題か」という視点の転換があったのだと納得した。
  • 石川先生は、「社会の構造や環境が障壁をつくる、だから社会の設計や実装を変える必要がある」とおっしゃっていた。この発言を通して私は、何を問題と捉えるか、加えて何を主軸に解決を考えるかは切り取り方によって異なるということを学んだ。そしてそれは、「見方が変わると解決策が変わる」ということにつながる。(中略)「解決策が見つからない」と感じるとき、実は解決策ではなく「物事の見方」に課題があるのかもしれない。
  • これからは「障害の原因は個人の体ではなく、社会の側にある」という視点をしっかりと忘れずに持ち続けたい。そして、自分自身の日常生活や大学生活の中でも、無意識のうちに作ってしまっている壁や不便さがないかを常に意識し、誰にとっても暮らしやすい社会にしていくために自分ができることを考え、行動に移していきたい。この講義を受けて、今まで見ていた世界が変わった。だが、我々にできることは少ない。もっと日頃から、色々なところを意識して、世界に生まれた皆が生活しやすい世界にできたら良いなと考えました。
  • 石川先生の講演で、「多様性が包摂する社会では、新しいカテゴリーが絶えず、さらなるボーダーラインが生まれる」という話が心に残った。障がい者に対して以前より理解が深まったように思うが、実際には、また新たに壁が生まれていると感じた。自分が無意識のうちに考えてしまうアンコンシャスバイアスや、日常での行動に気をつけたいと考えた。
  • 一番心に残っているのは「健常者とは、すでに社会から配慮されている人のことである」という言葉です。私たちが普通だと思っている日常は、すでに自分たち向けに手厚く配慮された世界だということに気付かされました。まずは、自分がすでに配慮された環境にいるという自覚を持つことから始めていきたいと思いました。
  • 今回の講演で印象に残ったのは、「合理的調整」という言葉です。これまでは「合理的配慮」を周囲が気を配り、配慮が必要な方を継続的にサポートするものだととらえていましたが、「合理的配慮」ではなく誰もが平等に社会参加できるよう環境や制度を整えるという「合理的調整」という考え方に言いかえた方が本来の意味に近いという話を伺い、社会のあらゆる場所で意識されている「合理的配慮」のとらえ方をそれぞれが見直したり、必要に応じて配慮の内容を変更したりするなど、何らかのアクションを起こすべきだと考えました。
  • 本講演会を通じて、私は本当の意味での共生社会とは何かについて、改めて考えさせられました。テクノロジーの進化により、支援機器やwebアクセシビリティなどの環境整備は進みつつあります。しかし地域社会の中で多様な人々が共に生きていくためには、制度や技術の提供だけでなく、私たち一人一人が「路上の視点」を持つこと、つまり相手の置かれている状況や困り事に想像力を働かせ、社会の側にあるバリアを取り除く姿勢を持つことが不可欠だと感じます。今後は自分が学ぶ地域社会や政策デザインの場において、取り残されがちな当事者の声をどの様に拾い上げ、制度や地域のデザインに反映させていくべきかという課題意識を持ち続けていきたいと思います。
2025年度
第6回 学生のための講演会
開催日
2025年12月4日(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
6号館1階 601教室
内容
社会起業家と考える地域共創 講師 中原 絵梨⾹ 氏
(株式会社キューテスト代表取締役)

⼦育ての孤⽴、少⼦⾼齢化、震災からの復興、そして近年深刻化する熊の⼈⾥への出没など、地域社会が抱える課題は多岐にわたります。これらは「⾃分には関係ない」と感じられがちですが、実際には私たち⼀⼈ひとりの暮らし⽅や将来の選択に深く関係しています。いま求められているのは、⾏政だけに任せるのではなく、地域に⽣きる⼈・企業・学⽣が共に関わり解決していく「地域共創」の視点です。私は7歳のとき、⺟が産後うつで亡くなり、家族のサポートが不⾜することの苦しさを経験しました。⾃⾝が出産し⼦育てをする中でも「頼る先がない現実」に再び直⾯しました。そこから、0歳の⾚ちゃんから利⽤できるベビーシッター・家事代⾏サービス「Family Sitter」を⽴ち上げました。⼦育てを“家族だけの問題”にせず、地域と企業が⽀える仕組みをつくることで、働く親も⼦どもも⾃分らしく過ごせる社会を⽬指しています。

本講演では、社会課題をビジネスで解決する社会起業の実践と、地域の未来を⾃分ごととして捉える視点を共有し、みなさんとともに「100年後に残したい宮城」を描きます。2022年東北ソーシャルイノベーション⼤賞受賞。

学生の感想
  • 社会課題を扱うビジネスモデルには、支援する側がその意義を深く理解し、積極的に関わっていく姿勢が求められるのだと、社会の一員として強く感じた。その課題に対し企業だけでなく行政や地域と協働しながら解決を模索している事例を聞き、学科で学んできた「企業・行政・市民のトライアングル」の重要性を改めて実感した。
  • 何か社会課題について取り組む際に、問題となっていることを突き止めるまでは多くの人がやっている。しかし、そのステークホルダーに対して影響力を持たせ、改善に向けて動くことはなかなかできない。彼女のすごいところは経済界と敵対するのではなく、会社として子育てする環境が整うことでこれだけの経済効果があるというメリットまで提案できている点である。こういった姿勢は、私もプレゼンテーションする際などに見習う姿勢だと感じた。
  • この事業が明確な「社会変革のビジョン」に基づいていることがわかりました。「頼りながら育てるが当たり前の社会をめざす」というビジョンは、核家族化が進み、特に合計特殊出生率が低い宮城県において、地域社会の持続可能性に直結する貢献だと考えました。単にサービスを提供するだけでなく、子育ての文化そのものを変えようとする試みは、営利企業という枠を超えた、ソーシャル・イノベーションだと思います。
    そして、仙台市主催の「ソーシャル・インパクト・アクセラレーター」への採択や、「子育て世帯訪問支援事業」の受託という形で、公的機関から公に認められている点は地域に根付く企業として非常に強い点だと考えました。行政との連携は、事業の信頼性を高めるだけでなく、支援を必要とする家庭に行き届くための社会的な回路を築くと思います。
    今回はイノベーションとマーケティングの観点から、事業としての強さと社会性を併せ持った中原さんのお話を聞けました。今後起業の足掛かりとさせていただきます。
  • 今回の講演会で地域の子育て支援について深く学ぶことができました。子供の遊び相手、家事代行などをビジネスとして行うことを通じて、子供の育成を支えるという地域貢献につながるということを学ぶことができました。中原さんの、母親の産後うつの経験を経て自分の家族のためだけでなく家族以外の身近な人々の良さを残すために活動するという姿勢を、私も見習いたいと思いました。また、母親の出産は全治3か月の交通事故と同じ痛みということが衝撃的でした。私は男なので子供を産むことはできませんが、母親の支えとなるような親になりたいと講演会の話を聞いて考えることができました。
  • 今回の講演を聞いて、産後の女性や働く親が抱える課題は、個人の努力だけでは解決できない「社会全体の問題」なのだと強く感じました。妊娠期や未就学児への支援は整いつつある一方で、小学生以降の子育て支援については、児童館の運営、いじめ、不登校など緊急性の高い課題への対応が優先され、日常的なサポートが不足している現状があることを、今回初めて具体的に知りました。そのため、より継続的で身近な支援が必要だと実感しました。
    また、株式会社キューテストの取り組みは、まさに不足している支援を、地域の企業と協力しながら補っていくものであり、今の社会が求めている活動だと思いました。講演を通して、これからの日本にとって、子どもを育てやすい環境づくりを一時的な取り組みで終わらせず、持続的に続けていくことがとても大切だと改めて感じました。
  • 中原さんのお話を聞いて印象に残ったのは、経験をただの出来事として終わらせず、そこから新しい価値を生み出している点でした。産後の大変さを知っているからこそ、今まさに同じ状況にある方々を支えたいという思いが活動の根底にあることが伝わり、強い説得力を感じました。特に、家事や育児の負担を軽くするサービスを「作業の代行」ではなく「気持ちに寄り添う支援」として形にしている点がとても魅力的でした。利用者一人ひとりに合わせて関わり方を変えたり、その時の状況を丁寧に記録して次につなげたりする姿勢は、単なるサービス以上の信頼関係を築いているように思いました。自分にとって子育ての領域は普段あまり触れる機会がないものですが、話を通して、社会の中には見えにくい負担があり、それを支える仕事の重要性を強く実感しました。中原さんが体験と想いを原動力にし、必要とされる形にまで高めている姿勢は、今後自分が進む道を考える上でも大きな刺激となりました。
  • 中原さんの講演を聞いて、需要に対する供給が足りていない課題に焦点を当てて活動する仕事が素敵だと思った。利益目的ではなく、困っている人のために事業を展開することや、一人ひとりに寄り添う事業内容であることが分かり、公共経営論や地域企業経営論で習った、目指すべき企業の在り方そのものであると思った。また、共生社会経済学科出身で私たちの先輩の起業家の講演を聞くことができ、起業の見方が変わった。私は、起業に高いハードルを感じており、自分には関係ないだろうと思い、起業を遠い存在のように感じていた。しかし、実際に先輩のお話を聞いて、自分の中の起業の実現可能性が高まった。本当に実現したいことができる可能性がより高いのは起業であると思った。私は、地元で仕事に就職したいと考えているが、納得できる企業をまだ見つけられず、公務員という選択肢が最適であるのかもしれないと考え始めていた。その中で、今回の講演を聞き、起業という選択肢の可能性を見出すことができ、将来の選択肢をを増やすことができた。中原さんの起業は、中原さんの辛い過去も含めた経験から生まれた産後鬱や子育て支援に対する想いや願い、パッションが強く影響している。そのため、起業を社会に認めてもらえるような形にすることは決して簡単なことではないし、強固な想いと目標がないと実現不可能であるため、今の私に起業は厳しい話である。しかし、起業するとしてもしないとしても、私も何か自分が解決したい、実現したいと思える課題と社会像に出会えるように、積極的に学び、活動していきたいと思った。今回の中原さんの講演によって、自分が本当にやりたいことは何かを考えることができた。
  • 多くの女性が産後うつのリスクに直面しているにもかかわらず、社会全体での認識や問題意識は決して十分ではない。産後うつという言葉自体はよく聞かれるようになったものの、依然として「特別なケース」や「一部の人がなるもの」と捉えられてしまいがちであり、社会的な課題としての扱われ方が弱いという現状に強い違和感を覚えた。実際には多くの母親が孤立し、助けを求められない状況に置かれているにもかかわらず、それが可視化されないまま、個々人の努力の問題として片付けられてしまう構造があるのだと気づかされた。
    子育てが「親の責任」「家庭の問題」とされやすく、社会が十分に支えきれていないという指摘は、自分の中でも強く響いた。日本では特に、子育ての大部分を母親が担うという文化的背景や、周囲に負担をかけまいとする気持ちから、助けを求めづらい空気がまだ根強く存在している。そのため、産後に必要な支援が十分に届かず、結果として精神的に追い込まれてしまう人が多いという現実は、もっと周知されるべき重大な問題だと感じた。
    また、子どもが乳児期を過ぎて成長すると、行政や社会のサポートは緊急性の高い事柄へと優先され、子育てを続ける親への継続的な支援は手薄になっていくという話も、これまで意識したことがなかった視点だった。子育ては数ヶ月や数年で終わるものではなく、長い期間にわたる営みであり、本来であれば段階ごとに必要な支援が存在するはずである。それにもかかわらず、最も負担の大きい時期を過ぎたと判断されると支援が減ってしまう現状は、親たちが孤独感や不安を抱えやすい原因にもなっているのではないかと考えさせられた。
  • 今回の講演会では、実際のデータや中原さんご自身のエピソードを通して、日本が直面している子育て支援の課題をより深く理解することができた。中でも特に印象に残ったのは、育児が個人の責任に押し付けられているという構造的な問題である。「宮城県には0歳から預けられる保育施設がほとんどない」という話を聞いた際に「確かに幼いし仕方がない」となんとなく受け止めてしまう人が多いのではないかと考えた。しかし、産後うつの増加や児童虐待、離婚、女性の活躍低下といった大きな社会問題は、このような日常の不便さや、見落とされがちな負担から連鎖的に生じているということを改めて実感した。キューテストが行っている取り組みの社会的意義は非常に大きい。一方で、このような活動が少数の企業だけに任されてしまうと、救える家庭に限界が生まれる。現在行っている企業との協働や自治体との連携をさらに広げ、キューテストから始まる「社会全体で子育てを支える仕組み」の必要性を強く感じた。
    もちろん、規模を追う前に最も大切なことは子どもの命を守ることであり、安心して預けられる実績と信頼の積み重ねである。その点で、講演で紹介されたアプリの設計には感動を覚えた。利用者の不安に寄り添った、細部まで配慮された仕組みは、まさに子育て支援の未来を切り開くものだと感じる。私自身も、異なるアプローチではあるが、家庭を支える方法をこれからも模索し続けたい。
  • 妊娠期や未就学期の支援が充実している一方で、子育てしながら働くお母さんへの支援は緊急性が低いとみなされ、手薄になっている現状を初めて知りました。最近では、地域のつながりが弱まっているため、困った時に周りに気軽に頼れる人がいないと感じる人は多く、私自身も将来に不安をもっています。その点で産後に親族以外に相談できる場があることは身体面だけでなく、心の拠り所として必要だと思います。自分でそう思っても、制度や社会が変わるのを待つだけというつい受け身になってしまいがちですが、中原さんは自ら行動し、社会をより良くしようと取り組んでいる姿勢がとてもかっこいいと感じました。社会の問題を解決する視点も持っていこうと改めて感じる貴重な機会になりました。
  • 私がこの講義全体を通して⼀番強く⼼に残っているのは、⼥性が⽣みたい場所、育てたい場所などを⾃由に選択できること社会にしたいというこどである。⼥性にとって出産は⼤変なことでありその後の育児は⼤きな傷を負った体で⾏うことであるため⼤変なことであると講義を通して改めて実感した。しかし⼤変にもかかわらず、⼥性に選択肢がなく諦めてしまうこともあるのが現状だと思った。それをなくすためにもこのキューテストで⾏っているベビーシッターの役割は素晴らしいと感じた。また⾔語や経験に囚われず⽀援者が⽀援を⾏うための仕組みづくりを⽬指していて、国際化する社会に対応できるだけでなく、誰もが安⼼して使える仕組みへともなっていくのではないかと考えた。私も社会課題を解決するうえでどこに課題があるのかその課題によって⽣じる問題との関連性などを捉えたうえで、⾏政などが取り組み切れていない問題にアプローチできたらなと思う。
  • 今⽇の講演を聞いて、「地域で⼦育てを⽀える仕組みづくり」の緊急性と、当事者の声に寄り添った社会課題の捉え⽅が強く伝わってきました。ベビーシッターや家事代⾏といった⺠間サービスが地域と連携することで、親を“孤育て”から守られる可能性は重要だと感じました。また、⽇本では⼥性の意思決定層への参画率が依然として低いという指摘もあり、⼦育て⽀援とジェンダー平等が実は密接に関わっていることを改めて考えさせられました。全体を通して、⾏政だけでも、家庭だけでもなく、「地域全体で育てる」という視点への転換の必要性を強く感じる講演でした。これからは学⽣の⾃分でもできることを探して、社会課題のために取り組んでいきたいです。
第5回 学生のための講演会
開催日
2025年6⽉12⽇(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院⼤学五橋キャンパス押川記念ホール
内容
笑顔の花咲く防災・減災活動~アーティストとしてできること~ 講師 Bloom Works KAZZ氏、石田裕之氏

本講演会では、日本のボイスパーカッション第一人者であるKAZZさんと、アコースティックシンガーソングライターの石田裕之さんによる、神戸発の防災・減災音楽ユニット「Bloom Works」をお迎えしました。ライブ演奏から始まった講演会では、阪神・淡路大震災の経験や石巻市での活動をはじめ、お二人が国内外で取り組んでこられた災害伝承・防災教育・研究・支援活動について、音楽とトークを通して知る機会となりました。

また、Praise Station様のご支援により、会場の音響環境を整えることができました。トークと演奏が進むにつれて会場の熱気も高まり、アンコールでは学生たちが立ち上がって声を合わせるなど、ライブ会場のような盛り上がりを見せました。

学生の感想
  • 今回の講演会でBloom Worksさんの講演や演奏を聞いて、音楽によって防災を親しみやすいものとして伝えていく活動の素晴らしさを実感した。私は東日本大震災の発生時、避難した経験がある。そのため、防災など震災関連の話を聞くと、大切なことであるのにも関わらず、悲しくなったり、何となく暗い気持ちになってしまうことがあった。しかし、Bloom Worksさんの活動のように、防災を音楽として伝えていくことで楽しく明るい気持ちで学んでいけるのではないかと考えた。
  • この講演に参加する前は、「防災」「音楽」がどうなるのか全く分からず疑問でした。しかし講演を終えてみると、感動であたたかい気持ちにさせていただきました。実をいうと、「Smile Flower」で涙が出てしまいました。なぜか、「一番大切なものは君」が刺さり泣いてしまいました。笑顔をテーマとし、1人でも多くの人に届けたいという思いが伝わってきました。音楽、歌を通してたくさんのことを学ぶことができました。
  • 音楽と防災のように一見つながりのないような二つの分野が融合することで、今までにない素晴らしい案や見えてこなかった課題を知ることができると感じた。今後、私も地域課題を解決していく際に今ある分野の融合などを含めて考えることも大切だと強く思った。
  • 防災減災ということに親しみが持てるようにすることを目的としている、ということに感銘を受けました。政府やニュースの呼びかけは、緊急性のある時に行われることが多く、内容は怖さを感じるようなものですが、音楽を通じて防災減災を考えさせるというのはこれまでのかたいものとは違い、まさに親しみやすさがあると思いました。(中略)自分が持つ力を最大限に活かして人を笑顔にするということのすばらしさを見ることができました。そして、自分には何ができるのかということを考えるきっかけになりました。
  • 歌で被災地に元気や勇気を伝える活動について、とても大切な活動だと思いました。それと同時に、伝える側の気持ちや葛藤を初めて聞いて、こうした活動がいかに大変で勇気が必要なことであるのかを知りました。また、自分も東日本大震災で被災したにも関わらず、お二人のお話を聞いて、防災の意識が疎かになっていたことに気がつきました。他の地域での災害は他人事に感じてしまいますが、改めて自分の防災について考える機会になるし、自分の住んでいる地域でも起こりうることであるというのをしっかりと覚えておきたいと思いました。
  • 講演会で歌っていただいたすべての歌詞に「笑顔」という言葉が含まれていたことと、「防災を思い続けることは難しいが、音楽でカルチャーとして人々の心に残すことは可能であり、災害は繰り返されるものでゼロにはできないが、防災により笑顔で再会することはできる」という言葉と、音楽の力について特に印象に残りました。音楽で伝えることにで、防災を身近でわかりやすいものにできると思いました。また、講演会で手拍子が自然と起こるなど音楽を通して会場が一体感に包まれたと感じました。こうした一体感を生み出すこともまた、音楽の力だと感じました。
  • Bloom Worksさんの曲を初めて聴いたが、実際に災害を経験したからこそ伝えたい思いや、防災のメッセージが沢山詰まっていて、防災に関する重要な事柄を再確認できたとともに日頃から防災意識を高めることにつながると感じた。曲の歌詞に防災メッセージを読み解いたり、曲に合わせて手拍子をしながら非常に楽しい時間を送ることができた。津波や地震は必ずどこかで繰り返し起きるため、一人ひとりが日頃から防災意識を持つことや、災害を経験した人たちが防災へのメッセージを後世に言い伝えることの大切さを改めて実感することができた。また、防災に関するメッセージを耳に残りやすいフレーズにすることで、多くの人がいざという時に思い出すことができ、災害による犠牲者を減らすことにつながると感じた。
  • 防災を伝える方法は音楽以外にももっとあり、自分たちで模索できるのではないかと思った。被災地支援は当事者たちの気持ちに配慮したかたちで行わなければならないことを学んだので、その方法を今後の授業などでより深く考えていきたい。
  • 「元気づける」という行為はいっぽうてきであってはいけないのだなと気付かされた。インドネシアの自身の話では、音楽の力の偉大さを感じた。自分の中で考えるだけで終わらせず、行動に移して元気を届けるBloomWorksさんはすごいと思った。
  • 今回の講演会で、音楽が防災・減災に繋がると気付かされた。災害の被害を受けた人たちの思いを歌にしているのかと想像していたが、実話にユーモアを取り入れた歌だったので、とても親しみやすかった。AEDを使うことはとても勇気のいることだが、恋愛ソングのようなポップな歌を聞いて、ためらわずに、人命救助を行って良いのだと背中を押された。私が東日本大震災のときは幼稚園の卒園式前日だった。災害は人々の命、生活を一瞬で奪っていくことを経験した。しかし、風化しつつあるのも現実である。道路や建物が整備され、メディアで取り上げられるのも3.11の日だけになった。辛いから思い出したくないという人も大勢いると思う。そんな辛い思いをする人が、これから将来いないようにする為に伝え続けることが大切である。一見、防災、減災と音楽に共通点がないように思うが、楽しく正しく伝えることのできる素敵な手段だと思った。
  • 今日の講演会を聞いて、災害が起きた時の行動で災害が起こる前にするべき防災行動などを曲にしてわかりやすく伝えてくれたから頭に入りやすく覚えることができた。「171」という数字は災害伝言ダイヤルということが初めて知ることができたから家族や友人に広めていきたいと思った。また、災害が起きた直後は、ありもしないうわさや誤情報が多く流れるから、どの情報が正しいのか、信じてよいのかを被災者はもちろん、それ以外の人も考えて行動しないといけないと感じた。恋はAEDという曲を聴いて、心臓マッサージののタイミングや目の前で人が倒れた時の対処法を学ぶことができた。また、海外で実際に音楽を通して防災を意識づけることができていたと思った。本当に音楽は人を救えるということを知ってすごいと思った。自分も何かで被災者を救るような行動ができるようになりたいと思った。
  • 東日本大震災のとき、私はまだ4歳で、親に手を引かれて避難するだけでした。当時は「突然地面が揺れたと思ったら急に変な生活が始まった」としか思っておらず、親が今なにをしているのかもわからないまま避難所で暮らしていました。今日の講演を聞いて、災害が起きたときの必死さや慌ただしさ、悲惨さを再確認し、それを癒すことの大変さ、難しさを感じました。あのとき私が恐怖を感じず、被災したにもかかわらずトラウマもほとんど残らなかったのは、親の苦労があってこそだったと気づき、感謝すると同時に本当に尊敬しました。私はまだギリギリ当時の記憶がありますが、私より下の世代は記憶がないか、そもそも生まれていない人がほとんどです。私も阪神・淡路大震災や宮城県沖地震、岩手・宮城内陸地震のことはほぼ知りません。実際に経験したならまだしも、経験していない人が常日頃から防災を意識するのは難しいと思います。その点で、キャッチ―なメロディや歌詞に防災のメッセージを乗せて届ける試みはかなり良いのではないかと思いました。誰かの心の傷をえぐってしまわないような、かつ日常的な防災意識の拡大ができたらとても良いと思います。
  • 「人とのつながりも防災」という言葉が印象に残っています。石田さんが東日本大震災の時に避難所でライブを行ったというお話しの中に、「被災者の方々中心のコンサート」が出てきました。みんなが手放しで楽しめる境遇ではなかったと思います。それでも、最後の写真のようにみんなが肩を組んで歌って終わることができたのは、石田さんが音楽だけでなく「人」にフォーカスをあてたからなのではないかと思いました。「音楽によって防災をカルチャーに」や「100年先に遺す」の思いが、ライブの歌からも、おふたりのお話からもたくさん伝わってきました。防災の意識、記憶をずっと思い続けること、意識し続けることはとても難しい事だと思います。講演で聴いた記憶に残りやすいポップな歌で、アクションを起こすきっかけになること、これが防災なのだと考えるようになりました。私は将来学校の先生になりたいという夢があります。地元ではないのですが、東北で働きたい、東北に住みたいという願望もあります。私が先生になったら、生徒達に東日本大震災のことを伝えなくてはならないし、自分の命は自分で守るんだよと伝えないといけなくなると思います。そのときには、Bloom Worksさんの歌を紹介したいし、防災というのは逃げ方や道具の用意だけではないこと、人とのつながりの大切さ等を教えてあげられる先生になりたいです。
2024年度
第4回 学生のための講演会
開催日
2024年12月12日(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
6号館1階 601教室
内容
母国と日本の狭間で生きる外国人少年の「生きづらさ」
~あなたの母国はどこですか?~
講師 沼田 好司 氏
(法務省名古屋矯正管区 矯正就労支援情報センター室)

少年院には、国(籍)に起因する「生きづらさ」を抱えた外国人少年が数多く入院しています。彼等の生きづらさの要因の一つに、「日本人のイメージする『外国人像』」と「外国人少年のイメージする『外国人像』」の違いがあります。本講演では、外国人少年の「生きづらさ」に関する自己開示から学び、今後の日本社会における多文化共生社会の構成員の一人としてできることを考えていきます。

学生の感想
  • 多文化共生社会とは、人それぞれの文化やルーツを受け入れられる社会だと考える。私はその社会の構成員として、人を決めつけで捉えることはやめ、他人の考え方や意見をしっかり受け入れられるようになりたいと思いました。
  • 自分では意識していなくても、無意識のうちに外見や行いで相手にレッテルを貼ってしまっていたことがあったかもしれないと思った。“顔立ちが外国寄りだから外国語が話せる” だとか、“ハーフだから日本の文化はわからない”など、勝手に相手のことを決めつけることは、相手を苦しめることになる。その決めつけが重りになって、本当に自分が思っていること、解決したいことが少しねじ曲がって非行につながることもある。非行の理由からその根本にあるものは何なのかを明らかにすることで、再非行の防止や非行の予防につながるということがわかった。
  • 外国人との接し方としては基本的に日本語が通じるのであれば、普段と同じように接していた。だが日本語があまりにも通じなさそうであれば軽く会釈して逃げるようにその場から立ち去っていた。よく外国人のイメージにある日本人は冷たいというのが出てしまったかと感じる。
    自分と違う人と接する際においては、自他ともに相互理解が必須であると考える。講演会にもあったように、囚われ意識、無意識の区別等、以前からのイメージなどによる決めつけで解釈することはそれらのズレが発生することで対立が起きる。さらに、文化や常識の押し付け合いでも起こし、「我々の国ではこうだからこうしろ」「この国ではこうだ、だからこうしろ」と一方を貫き通そうとするのではなく、互いが固定概念の枠から思考を移し、正しく理解し合うのが大事であると考える。
  • 私自身外国人の方々に対して差別的な意識や対応をしてきたことはありません。しかし沼田さんの話を聞くと無関心なだけだったのだと気づきました。日本人として日本に住んでいる圧倒的なマジョリティに所属している以上、感じとれない悩みがあるのだと考えました。
  • 多文化共生社会とは、自分の強みが活かされ、自分らしく生活することができる社会であり、その社会の構成員が対等に尊重される社会だと思います。そのために、意識を変えて、歩み寄る姿勢などを大切にするなど自分ができることをしていきたいです。
  • 今まで、私が外国人の方と接する際には、日本語がしゃべれないことを前提に接してしまっていました。今回のお話を聞いて、勝手にしゃべれない人として扱われることは差別に感じている可能性があることに気づきました。また、少年院のお話では、私も勝手ながら危なそう、更生は難しいのではないかと思っていました。しかし、一度間違いを犯してしまっても更生する余地はあり、決めつけてしまうことをやめてみることから始めてみたいと思いました。
  • 多文化共生社会とは、多様な文化や価値観を尊重し共に生きる社会です。まずは個人レベルで先入観を捨て、真摯に相手の話を聞くことが大切といえます。外国人少年と日本人少年が共に学ぶ場を増やせば、日本人も多様性への理解が深まると考えます。「考えを変える」のは難しいですが、理解しようとする姿勢を持ち続けることで、多文化共生への一歩となると考えます。まずは自分自身の考えを変えてみることで周囲の意識も変わってくるのではないかと感じました。
  • 多文化共生社会のための活動が異文化理解という上から目線のものになってしまっていないか、常に対等な立場でニューカマー、オールドカマー全てを巻き込み、誰一人取りこぼさない社会を作るため、今後も学びを深めたい。
  • 日本社会における外国人という存在は、何か特異な存在と見られがちであるように、日本人と外国人の間には相当な距離があると感じた。外国人が日本で生活する上で体験する「生きづらさ」を解消することが多文化共生の実現に近づくと分かったのだが、そのためには超えるべきハードルがいくつもあると考える。
  • 今まで多文化共生について考えた時に外国人が日本社会で住みやすく、生活しやすい環境づくりに日本人がどうアプローチしたらよいかなどを考えていました。今回沼田さんが仰っていたのは、外国人でありたい自分と日本社会に溶け込みたい自分の二つを行き来できる場所が多文化共生だと考えていると聞いたときに共感しました。
第3回 学生のための講演会
開催日
2024年6月27日(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
6号館1階 601教室
内容
女川町が挑む公民連携のまちづくり 講師 丹野 真人 氏
(NPO法人 アスヘノキボウ)

宮城県の東に位置する小さな港町でもある女川町は、東日本大震災の被災地の中でも“復興のトップランナー”として知られています。そんな女川町のまちづくりについて、「公民連携」や「活動人口」をキーワードにお話しします。

学生の感想
  • 私の家族は女川出身で、私も震災以前は石巻に住んでいたため、とても身近でわかりやすい内容だった。女川町が今大きく発展しようとしているという事実に、元々の先入観からか大きな衝撃を受けた・・(略)・・いまだに海が怖く行けていなかったが、今回のお話を聞いて再び女川町をのぞいてみたいと感じた。
  • 私はこの講演で1番印象的だったのは、「『還暦以上は口を出さず』盾となり、次の世代に町を託した」という言葉でした。ソフトとハードの復興を終えるには最低20年かかるとされ、当時の市長が自分は復興後のまちづくりの責任はとれないとして若者に託して末永く続くようにした判断が、今の女川町のまちづくりに活かされていると思いました。・・(略)・・これから町が生き残っていくには「若者中心のまちづくり」「活動人口の増加」の2点が重要になってくると考えました。若者中心のまちづくりに関しては、女川町のように、若者中心でそれを支える上の世代が連携し、新しいことを率先して行い、町との関りを増やしていくことで、活動人口の増加につながるのではないかと思います。
  • 「女川町をよりよいまちにしたい」という一つの願いを持った多くの人々が、公共、民営、そして女川町外の企業として集まり、アスヘノキボウの存在によりつながっていると考えると、アスヘノキボウがどれだけすごいことをしているのか分かり感動した。
  • アスヘノキボウさんの公民連携の仲介役としての取組について、コンパクトで暮らしやすい街づくりや、単に人口増加のみならず活動人口を増加させて女川町をさらに復興発展させていくというアイディア・観点などが革新的だと感じました。震災という経験を受けて、その後の復興のスピード感、万が一の時のための準備と、限界があることも理解したうえでその地域に合わせた対策を取ることの必要性を感じました。また、移住プログラムについて現在SNSが主流となる中で、口コミ・紹介に重点を置くということが印象的でした。その方が女川町の魅力を肌で感じられ、行きやすいと思いました。
  • テナント型の商店街の作り方など、持続可能なまちづくりを体現し、地域内外にアピールすることで地域をブランド化し、より多くの人がまちの再生に携わることになったという一連の流れがとても興味深かった。
  • この講演会で印象に残ったことは、活動人口創出促進事業についてです。移住や創業だけでなく、自分が一番楽しめる関わり方ができるのが魅力的だと思いました。また、若手によるまちづくりの効果がとても発揮されていると感じました。私の地元も境遇は似ていますが、新たなまちづくりとしてのスタートには大きな差があるのかもしれません。女川町とアスヘノキボウさんの公民連携のまちづくりを参考にしつつ、現状や地域の特性に合った改善方法を自分なりに模索していきたいです。
  • 私の地元も新たな商業施設が最近増えているのだが、人口減少などの観点から経営を続けることは可能なのかという不安の声も多い。女川町のコンパクトシティ化やテナントという形での商店街は未来を見据えたまちづくりだと感心した。
    今まで公民連携という言葉を耳にしても、具体的な取り組みのイメージが難しかった。今回、女川町の事例をアスヘノキボウさんの活動とともに知ることで自分の関心や意識も向上した。
  • 以前は社会課題は行政が解決すべきと考えられていましたが、現代の日本において行政だけでは解決することが難しい問題が多く発生しているため、これからの時代、行政と民間企業・市民・NPO法人との連携は必須であると感じました。また、復興連絡協議会の民間による復興プログラムについての話が印象に残りました。コンパクトシティを意識することで人が一箇所に集まるため、にぎわいを取り戻すきっかけになると思いました。
  • 女川町役場に公民連携室をつくり、その中に民間の人を入れることで、行政の視点と民間の視点、二つをうまく組み合わせることができるというのはよい工夫だと感じました。行政と民間をはっきり二つに分けるのではなく、接着剤のような存在を設けることは、公民連携においてとても重要だと感じ、今後地域課題の解決について考えていくうえで意識していこうと思いました。
  • 若い世代から率先してまちづくりを行っており、女川町全体の『持続可能なまちづくり』を目指す気概を感じた。自分たちだけで進めるのではなく、随所に町民の声が入っていて『公民連携』について深い学びを得ることができた。町民を増やすことに注力している市町村は数多くあるように感じるが、そうではなく、女川町に関わる人を増やす、つまりは関係人口を増やそうというのは現実的かつ実践的だと感じた。
  • 今回の講演会において印象に残ったのは女川町長に関するお話でした。真剣に仕事に取り組みながらも、住民との距離が近く、その交流を住民も町長も楽しんでおられることに感銘を受けました。地域活性化や地域課題の解決というと、どうしても生真面目に取り組みがちですが、楽しい雰囲気で取り組むことで、素晴らしい発想が生まれることを知り、私もそのことを大切にしたいと思いました。
2023年度
第2回 学生のための講演会
開催日
2023年11月16日(木) 15:00~16:30
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
8号館 842教室
内容
さまよう子ども若者とどう向き合うか~大学生と路上生活者が築く街角の拠点づくり~ 講師 荒井 和樹 先生
(中京学院大学短期大学部健康栄養学科専任講師、NPO法人全国こども福祉センター理事長)

適切な支援と繋がらず、トーヨコやグリ下など、街やSNS上をさまよい、犯罪に巻き込まれてしまう子ども若者がいます。

本講演では、施設型支援の課題を示しながら、街角で声かけや交流活動を行う全国こども福祉センターの実践を手がかりとして、大学生や市民ボランティアが出来ることを考えます。

学生の感想
  • 様々な支援や援助を受ける上で仲介する大人たちと子どもたちで支援のミスマッチが起きているという点が印象に残った。一方的に支援するだけでなく、本質的でより効果がある支援について深く考えていく必要があると感じた。
  • 荒井先生の団体は心の痛みや苦しさをわかってくれる人がいるのだからこそ多くの人が、次は誰かのために私も!と思えるのだと感じました。(中略)出会いや関わることを大切にして、そして相手を尊重して、押しつけずに、誰かを守れる、共に生きていく環境をつくれる人になりたいと強く思いました。
  • 講演会で荒井さんのお話を聞いて、特に印象に残っていることは、支援にマイナスの面があることです。
    児童養護施設内の子どもたちの怒りの声が表に出てきておらず、支援と引き換えに管理支配的な環境に置かれてしまうことに衝撃を受けました。家出している子どもたちにも、一方的に支配するという形では押しつけになってしまい、余計子どもたちが離れていくことにも話を聞いて、その通りだなと感じました。
  • 「声をかけられた子どもが、次は『声をかける』側になる」という言葉が印象に残った。このことは、支援の輪が広がっていくことで支援の担い手を増やしていくことができるという以上に、気持ちをわかってくれる人に支援をしてもらえるという安心感を、支援される側の人に与えることができるということである。それぞれが経験した辛さは人それぞれ異なるかもしれないが、辛い経験をしたからこそ、その人に寄り添えるということがあると思う。そのことが支援される側に伝わったからこそ、活動の輪が広がっていったのではないかと感じた。
  • 特に印象に残ったのは、荒井さんが最後に話されていた「差異を解消せず、かかわり続ける」という考えである。とてもおもしろい考えだなと感じた。たしかに「支援」ばかりに気を取られてしまうと、子どもたちの気持ちや意思を無視して、大人の意見でがんじがらめにしてしまう。これでは本当の意味での支援ではなくなってしまうため、大切な考えだと思う。
  • 荒井先生の講演を聞いて、双方的な支援を作り上げていくことが必要であると考えた。支援される側の意見を聞かず、支援する側が一方的に良かれと思って物事を進めるのでは、支援される側とのミスマッチが起きることがわかった。「子ども・若者が助けを求められない理由」の第一位は「恥ずかしさ、スティグマがある」ことだそうだ。子どもの持つ恥の感情やプライドについて大人が理解しないまま形だけ「相談窓口」を設けても効果的ではないだろう。子どもたちの意見を取り入れながら双方的に支援体制を作っていくべきではないかと考えた。
  • 歓楽街での仕事は触法行為である場合もあるが、給与が高く、ひとりで生きて行けるような感覚に陥るし、金銭感覚も狂ってしまうため他の職につくことができてもまた戻ってきてしまったり、働く意味がないと思ってしまったりして、負のループになってしまう。夜の仕事も売春もパパ活も一度始めてしまえば感覚がマヒし、無限に稼げると思ってしまい、生活保護や昼職をするという選択肢が無くなってしまうのは想像できる。
    そこで、遠くから他人事のように呼びかける人とは大きく違い、荒井先生のように近くで直接呼びかけるのはとても効果的だと思った。
  • 今回の講演で最も良かったことは、私自身の生活保護者への偏見をなくせたことだ。私も「要支援対象者」になってしまった際には、恥ずかしがらず、堂々と利用したいと思う。
  • 今回の講話を聞いて、私自身の現在の支援制度への見方が180度変わったと感じた。支援される側は、支援されるのだからこちらが支配、管理しなくてはといった社会の考えが根強く、協働的な関係性を築ける機会はほぼない。そこで、支援される側=社会的な弱者といった見方を変えうるため、コミュニケーション重視の被支援者のグループ活動を行う荒井さんの活動こそ、真の福祉だといえるのではないかと感じた。
  • 現在、良いとされて行われている支援の中にも、子どもたちにとっては苦しさと繋がっているものがあるかもしれない。だからこそ、支援のあり方を荒井さんの考え方をベースに改めて見直す必要があるだろう。(中略)私自身も、そのような事実を学んだからには、他人事として考えずに何か行動を起こしてみようと考えた。
政策デザイン学科 開設記念講演会(第1回 学生のための講演会)
開催日
2023年6月22日(木) 13:30~15:10
開催場所
東北学院大学土樋キャンパス 
ホーイ記念館(地下) 多目的ホール
申込方法
入場無料 申込不要
※どなたでもご来場いただけます。
内容
ボルネオの熱帯雨林と私たちのくらし 講師 中西 宣夫 氏(NPO法⼈ボルネオ保全トラスト・理事/サラヤ株式会社・調査員)

ボルネオ島は、東南アジアの島でインドネシア・マレーシア・ブルネイの3国の領土からなっています。熱帯気候に属し生物多様性のホットスポットです。しかし、ボルネオ島の熱帯雨林はこの50年ほどで急速に減少しています。その大きな原因の一つはアブラヤシ農園の開発です。

アブラヤシの実から採れる油(パーム油)は日本にも輸出され 、私たちの生活に欠かせない必需品の原料となっています。2020年の統計では日本は年間約76万トンのパーム油を輸入しています。日本に入ってくるのはほぼすべてマレーシアとインドネシアで生産されたパーム油です。

2004年、あるできごとをきっかけにサラヤ株式会社はそのアブラヤシ生産の現場で起こっている様々な問題に気づかされました。そして、それを契機にボルネオ島で、生物多様性保全事業を立ち上げました。現在は現地小規模農家の支援も開始し、非木材林産物を使った製品の開発にも取り組んでいます。

今回はサラヤがボルネオ島にかかわるようになった経緯、現地の状況、これまでの活動や今後の展望について野生生物の写真、視察ツアーの様子などもご紹介しながらお話しします。

主催
東北学院⼤学
地域総合学部 政策デザイン学科
後援
宮城県、仙台市、宮城県教育委員会、仙台市教育委員会、河北新報社
学生の感想
  • サラダ油は使っているけど、パーム油は私とはそこまで関係がないだろうと考えていました。しかし、講演を聞いたことで、パーム油は私たちの周りでは多く使われており、恩恵を受けていることを知りました。それと同時に、私達が利用するためのパーム油を生産するためにアブラヤシ栽培がおこなわれ、栽培するための開発によって、もともと住んでいた人たちや動物の生活・命が脅かされていることも知りました。
  • 講演者の話を聞いて、目視で容易に分かるほど熱帯雨林の減少が進んでいることに衝撃を受けた。また、森林開発による火災や児童労働など、環境問題に限らず社会問題等にも発展していることに心が痛んだ。
    また、それらの課題を解決するため、RSPOという対策やゾウとの共存を考えてみたりと、生物多様性の減少や莫大な広さのプランテーションへの対処が世界的に考えられるようになっているが、そのことを自分が如何に何も知らずパーム油を利用していることを理解し悔やんだ。今後は製品表示を見るなど、個人でもできる解決方法を実践していきたいと考えた。
  • 今回のお話のなかで見た、ゾウの動画が印象に残りました。私たちが普段お世話になっている洗剤の原料であるアブラヤシをめぐって、人間とボルネオゾウとの間に摩擦がうまれてしまっていたことを知り、とても心が痛みました。
  • 私は大学に入るまでボルネオがどこにあるのか、どんなところなのか、何ひとつとして知りませんでしたが、今日の講演を通してボルネオや今まで触れてこなかった異文化について興味をもちはじめることができました。
  • 環境問題については毒性の強い農薬を使っているせいで、生活用水の汚染や肌荒れの問題があることを学びました。また、労働問題については、児童労働や過酷なノルマなどがある中で働いている人がいるという問題があるということを学びました。このことから、自分が普段何気なく使っているパームオイルを作るために様々な犠牲が生まれているのだとわかりました。
  • 今回、本講演を聴いて、ボルネオのプランテーションの大部分で生産されているパーム油が自分たちのとても身近にたくさんあることを知り、印象に残りました。〈中略〉 現在では、様々な人の協力で改善が進んできていることを知り、このように問題があっても、解決に向けて、協力して、地道に活動していくことが大切だということが改めてわかりました。自分もこのような活動に携わっていきたいと感じました。
  • 世界で起きている問題は日本と無関係なわけではない。私たちが生活する上で知らないうちに加担している場合も考えられるため、やはり、「知らない」ということが一番こわいことだと感じた。
  • (講師の)中西さんは今こそサラヤで尽力していらっしゃるが、かつてはやりたいことが見つからなかったと聞き、共感を抱いた。〈中略〉 私は今なんとなく公務員を目指しているが、この先ちょっとしたことで思いが変わることもあるだろう。そのため、興味を持ったことに跳び込んだり、もしくは思い付きでアクションを起こしたりして、視野を広げていきたい。
  • 何かを変えるためには、多くの人の協力が大切であると考えた。〈中略〉 講演会では環境問題だけでなく、生活につながりそうなことも学べたからよい経験になった。