東北学院大学

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学長の部屋

大学入学式告辞

平成26年度 東北学院大学入学式 告辞

本日ここに、2014年度入学式を挙行するにあたり、新しく入学された皆さんに心からお祝いを申し上げます。またご臨席の保護者・ご家族の皆様にお慶びを申し上げますと共に、ご来賓の皆様にも厚くお礼申し上げます。

東北学院大学は6つの学部と7つの大学院研究科を有する、東北でも最大規模の私立大学であります。しかも、128年という、日本の私立学校の中でも有数の長い歴史と内容の深さを誇っています。近代明治日本誕生の時代、西欧とアメリカの文明流入の一環としてプロテスタントのキリスト教伝道者が到来し、横浜・東京・関西各地に教会だけでなく、いくつもの学校を設立し、日本の教育近代化に貢献したのですが、仙台では、1886年(明治19年)にアメリカ人宣教師W. E.ホーイ、D.B.シュネーダー、そして日本人初代のクリスチャンの一人押川方義らの働きによってキリスト教学校が設立されました。これが東北学院の前身、仙台神学校であります。創立5年目に仙台神学校は東北学院と改称し、現在の名称となりました。

創立以後、東北学院は教育の幅を広げ、キリスト教を基盤とした高等教育機関としての歴史を歩んできました。大学の設立は1949年であります。以来、総計17万を越す卒業生を本学は世に送り出してきました。仙台で、東北で、のみならず世界各地で、職場で、また家庭で、よい働きをしています。プロ野球選手がおり、政治家がおり、タレントも弁護士も企業の経営者も、学校の教員もいます。社会では、これら東北学院卒業生たちに、「学院卒業生は信頼できる」という評価を与えてくださっています。大変うれしく思います。

そのような評価を得る人材・人格が育つ要因が、私は東北学院大学の基盤・建学の精神であるキリスト教の教えと、人格陶冶のための教養教育重視の伝統、そしてその上に加わる専門的分野の知識と能力、この3層構造の教育にある、と信じています。新入生の皆さんにも、大学はその教育メニューを提供します。これからの4年間を皆さんは自覚的・自主的に大事な時間と受け止め、学び、成長してゆく時間とし、社会から喜んで迎えられる評価を身に着けて卒業していってください。今日同様に大学院に入学なさる皆さんは、学部4年の学びの後、さらなる専門研究を志しておられるわけですが、目指す方向は同じであります。

まず学院の教育理念の基盤、これを建学の精神とも言います。それは、定まった言葉としては、かつて理事会が行った宣言の中にこうあります。「宗教改革の福音主義キリスト教の信仰に基づく個人の尊厳の重視と人格の完成の教育。それは聖書の示す神に対する畏敬の念とイエス・キリストにならう隣人への愛の精神を培い、文化の発展と福祉に貢献する人材の育成を目指す」、と。

この精神によって、大学の3つのキャンパスでは、毎朝10時台に、短くはありますが礼拝が必ず行われます。また必修授業としてキリスト教学を学ぶのです。聖書を読み、それに基づくメッセージを聞き、学院の根幹の精神を知ってほしいと思います。大切なのは、自分という人間は、自分だけの力で生き、決断してゆくのではない、あなた方を見つめ、この大学へと招いて、見守っておられる神が生かしてくださるのだ、ということを知り、信じる、ということです。これらのことは、皆さんのキャンパスライフの中で、少しずつ理解されることだと思っています。

そこで、次に教養教育ということです。6つの学部にはそれぞれの専門性がありますが、いかなる分野の知識を身に着けるとしても、何より人間を知り、社会での生き方を知るためには専門分野の基盤となり、背景となる、幅広い事柄をわきまえておく必要があり、それを大学前半期を中心に学ぶのです。それは外国語であり、他者とのコミュニケーション能力であり、政治・法律・経済・科学・芸術などの諸分野の基礎的知識であります。

理科系であれ、人文社会系であれ、皆さんは高度な専門分野を学んで卒業されるのですが、大学の外の社会では、それだけでは決して十分ではありません。大学で得たつもりの高度なノウハウをそのまま用いようとしても通用しないことが多くあるのです。これは、自分が学んで卒業した学部や学科の専門と直接関係のない企業などに就職するような場合にはいっそう言えることです。

粘り強く説得にあたったり、まったく斬新な発想を提案したり、ユーモアを駆使したり、という、要するに人格の幅の広さが求められるのです。東北学院大学での幅広い学びは、複雑化し、不安要素の多い21世紀の世界では必ず役に立つでしょう。

大学では、これらいくつかの要素からなる教育を、皆さんが過ごす4年間の在学中、どのように受けてゆくかをカリキュラムで示します。毎年授業の方法については工夫し改善を行っています。学生自身が考え、調査し、報告提案する、アクティブ・ラーニングという方式が多くなっています。オリエンテーションなどを利用してカリキュラムの内容をよく把握し、学ぶべき科目を選択してゆく必要があると思います。皆さんが学ぶキャンパスを快適にすごせるよう、大学としても努力しています。図書館やパソコンなどを使いこなせるよう準備しています。用いるのは皆さんです。

大事なのは、皆さん自身が、大学生活をどのように展開してゆくか、その意志を明確にもつことです。自分が希望する、ある程度ゆるやかな将来計画を見据えた上で、今その計画の第一歩として役立つこと、その次にすべきこと、を描き出す、ということです。大学の教員たちは、その計画を立てること、そして皆さんに教えること、を支援し、実行します。このように皆さんが大学生活の最終目標に到達できるよう大学は用意しています。しかし欠かせないのは、皆さんが自分の希望を明確にし、それを教授たちに示し、教えを請う、皆さん自身の言葉です、説明力です。聖書の言葉を加えるなら、「求めなさい。そうすれば与えられる。・・門をたたきなさい。そうすれば開かれる」(マタイ7:7)であります。

21世紀に入って、もう14年経ちました。過ぎ去った20世紀は、多くの課題、正確に言うと深刻な難題を次の世紀に託したといってよいと思います。地球温暖化・環境破壊・種の絶滅などの問題、大国先進国と発展途上国、あるいはキリスト教国とイスラーム国家の対立・テロ、国際的な通貨危機、貧困と飢餓、経済的格差・ワーキングプア、差別、家族の崩壊、いじめ、ITの加速度的進歩とそれに伴う犯罪、新型ウイルスへの恐怖、等々の問題が、21世紀の10年余の間に、すべて20世紀よりも深刻化している、という現実があります。日本の少子化や、人間関係の希薄化、などは予想を遙かに超える勢いで進んでいると言うべきでしょう。そしていわゆる「想定外」の東日本大震災をしのぐ激甚な被害すら予想されています。

人類社会は、また日本は、滅びつつあるのか、そのように問いたいほどのことかも知れません。

社会の危機的状況に、人間として関わり、その解決に力と時間を捧げる、という姿勢は、先に悲観的に並べた諸問題への対策として、基本的な一歩、を提示します。そして、そもそも大学というものが、その地域にあって、地域の大学として共に生きる、その地域に大学人が学生、教員の別なく貢献することは、その一歩に主体的に関わる、ということでもあります。東北学院大学はこれからも東北の地の大学として、地域に関わり、貢献する大学です。皆さんにもその覚悟を共にしていただきたいと思います。

大学がなすべきこのような貢献もまた、「汝の隣人を愛せ」、また「人にしてほしいと思うことを人にもしなさい」とのイエスの言葉に根拠をもつのであります。改めて、キリスト教の教えは時代を超え、世紀をも超え、不変の価値をもち、21世紀の不安な諸側面打開のよりどころである、と信じるものです。

厳しい時代の中で大学生活を始めようとする皆さん、希望はあります。その希望を更に確実にするために皆さんは大学の4年間を、計画的に、着実に、しかし心は高く、快活に、過ごしてほしいと思います。そのキャンパスライフを大学はいつも見守り、支援を惜しまないことをお約束します。

以上をもって学長の告辞といたします。

2014年4月2日

東北学院大学学長 松本 宣郎