本学のあゆみ

1886年、仙台神学校を開校
新しい知識を求める青年たちが集まって

東北学院の創立は、私塾「仙台神学校」が開設された1886年にさかのぼります。 

19世紀はキリスト教の各教派が競うようにアジア・アフリカに宣教師を派遣し、伝道活動を開始した時代。1879年にはドイツ改革派教会から日本へ最初の宣教師が派遣され、東京を中心にキリスト教の伝道が始まりました。そして1885年12月、教派三人目の宣教師としてW.E.ホーイが来日します。 

一方、このころすでに日本にもプロテスタントのキリスト教が根を下ろし始めていました。横浜、熊本、札幌などに有力な伝道の拠点が形成され、日本のキリスト教伝道を担う人材が多数生み出されます。その一人が、旧伊予松山藩士の押川方義です。押川は1872年、キリスト教が未だ禁令のもとにある中で洗礼を受け、日本で最初のプロテスタント教会の一員となっています。その押川が活動の拠点を東北に移したのは1880年のこと。そして、押川が仙台を中心に熱心な伝道を続けていた時に、先述の宣教師・ホーイが来日するのです。かねて宣教師の来援を願っていた押川は来日したばかりのホーイと出会い、協力の約束を取りつけます。アメリカからやってきたホーイのもとには新しい知識を求める青年が集まりました。そして1886年5月、6名の伝道者志望者を学生として、木町通りと北六番丁角の借家で私塾が開かれます。東北学院の第一歩となる「仙台神学校」の誕生です。

また、この年二人の婦人宣教師が仙台に着任し、押川やホーイらの協力によって設立されたのが、仙台で最初の女子教育機関である宮城女学院…現在の宮城学院です。

初代院長(1850~1928)
押川方義

松山藩士橋本家に生まれる。横浜英学校でキリスト教に触れ受洗、日本最初のプロテスタント教会である日本基督公会を組織。院長辞任後も東北学院顧問として終生かかわりを持つ。

初代副院長(1858~1927)
W.E.ホーイ

アメリカ・ドイツ改革派教会宣教師。米国ランカスター神学校卒。1885年に来日し押川らと共に仙台神学校、宮城女学校(宮城学院)を創立。l892年東北学院副院長に就任。

二代院長(1857~1938)
D.B.シュネーダー

アメリカ・ドイツ改革派教会宣教師。米国ランカスター神学校卒。1888年に仙台に着任し、創立直後の仙台神学校教授に。50年にわたり学院の発展に尽力した東北学院中興の祖。

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