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1919(大正8)年以前に向山から撮影された仙台市遠景

「東北学院旧宣教師館(デフォレスト館)」国の重要文化財へ

2016年8月、本学土樋キャンパスに保存されているデフォレスト館が「東北学院旧宣教師館」として国の重要文化財(建造物)に指定されました。

デフォレスト館は、2013(平成25)年3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されていますが、今回の国の重要文化財指定の答申は、単に「登録」から「指定」へと一ランク上げるという答申ではなく、市町村レベルの文化財「指定」と都道府県レベルの文化財「指定」の段階を一気に飛び越えた異例の措置ということができます。

仙台市の教育局文化財課によれば、市内の文化財が重要文化財(建造物)に指定されるのは、1980(昭和55)年1月に指定された青葉区の「東照宮随身門」以来、約35年ぶり。また、社寺建築以外の建築が重要文化財に指定されるのは、市内では初めてのことだそうです。今回の指定は、「我が国に残る外国人宣教師住宅の最初期の事例として希少であり、高い歴史的価値を有している」(文化庁の報道発表より)ことが評価されたものです。

デフォレスト館は、2011年の大震災後、耐震補強工事を行っていないことから、現在は立入禁止となっていますが、以前からその価値は評価されていました。『宮城県の古建築』(宮城県文化財調査報告書第151集、平成4年宮城県教育委員会発行)には、「シップル館(旧デフォレスト館)」として次のように紹介されています。

「明治20年代初めの洋風住宅建築。…この住宅は、同氏が仙台に着任したとき、南六軒丁一番地(現在は東北学院大学構内の西端にあたる)の高台の位置を選んで南向に建てられた。…スレート屋根は当初からのものとみられ、現存スレート屋根としては最古の使用例となろう。」

「同氏」とはデフォレスト宣教師のことですが、後で紹介する最近行われた調査結果と比較する関係上、あえてポイントとなる説明のみを抜き出してみました。震災後、文化庁が助成する平成24年度文化芸術振興費補助金により、初めて本格的な建築史学的調査(非破壊調査)が行われ、平成25年度の同補助金により『デフォレスト館建造物調査報告書』が刊行された経緯は、本『時報』第722号(2014年7月発行)で既に報告されていますが、この調査により『宮城県の古建築』の記述を大きく修正させるような結果が報告されました。

まず、「明治20年代初め」という建築年代については、この調査結果から「明治20年の冬」であることが確認されました。これにより、デフォレスト館が現存する日本最古の旧宣教師館であることが裏付けされたことになります。

次に、この建物に最初に居住したのはデフォレストなのか、という点についても、上記の『時報』で報告されていますが、明治20年当時、3軒の宣教師住宅が、現在の南六軒丁を挟んで東北大学片平キャンパス側に1軒、本学土樋キャンパス側に2軒が同時に建築されました。これらは、いずれも明治19年に新島襄が〝第二の同志社〟として仙台に創設した宮城英学校(翌年、「東華学校」と改称)のキリスト教宣教師が居住した住宅ですが、デフォレスト一家は当初片平キャンパス側の住宅に居住したことが確認されました。その後、東華学校が廃校となり、デフォレスト一家は明治27年に一時帰国しますが、明治29年にふたたび来仙した時には現存するデフォレスト館に居住し、デフォレストが死去する明治44年までの約15年間、さらにデフォレスト夫人が大正2年に次女シャーロット(当時、第5代神戸女学院院長をしていた)が住む神戸に移住するまでのさらに2年は、デフォレスト一家が居住していたことになります。

なお、その後の居住者について略述すると、デフォレスト夫人の転居後はしばらく空き家になっていたと思われますが、昭和5年からポール・L・ゲルハード一家が昭和14年の帰米まで居住し、戦時中は軍による建物の徴用を免れるために、当時の東北学院航空工業専門学校の関係者(設立に貢献した同窓生萱場資郎や校長の宮城音五郎)の表札が掲げられていました。戦後は一時進駐軍に接収されて将校家族が住んでいましたが、昭和22年に返還後はアンケニー夫妻が約2年間、昭和24年からはカール・S・シップル教授一家が昭和30年に別の宣教師館に転居するまで約6年間居住しました。その後は、約10年余にわたって教授研究室として用いられ、新たな研究棟に移転した後には、大学院事務室が一時的に置かれ、震災までは大学教職員の厚生施設と大学教職員組合の執行委員会室として利用されていました。

最後に、『宮城県の古建築』に記述されていたもう一つのこと、すなわち「スレート屋根は当初からのものとみられ、現存スレート屋根としては最古の使用例となろう。」という点については、『調査報告書』刊行後の平成26年度東北学院大学学長研究助成金に採択された本学工学部の櫻井一弥教授を研究代表者とするチームが、明らかにされました。共同研究者一行は、同志社と関係の深いアメリカン・ボードの記録が保存されているアメリカのボストンにあるハーバード大学ホートン図書館を訪問し、各種の記録を調査する中で、屋根葺き材についての決定的な資料を見つけ出したのです。現在のデフォレスト館と見なしうるこの写真は、「建築からかなりの年数を経た時点のものであると判断される」(上掲の『調査報告書』の「補遺」として刊行された『建造物の来歴ならびにスレートに関する追加調査報告』による)が、日本瓦の桟瓦(さんがわら)葺きであることが確認されました。同「補遺」によれば、「撮影時期が後年であるということから、当初がスレート葺きで後日に桟瓦に葺き直したという可能性も論理的にはありうるが、一度スレート葺きにした屋根をわざわざ日本瓦に葺き替える理由が見いだしにくいことから、当初は桟瓦葺きであったと判断して間違いないであろう」との結論です。すなわち、デフォレスト館の屋根は、創建当初は日本瓦であり、後年にスレート(雄勝産スレート)に葺き替えられたのでしょう。また、同「補遺」には、明治12年竣工の「旧宮城集治監中央六角棟は部分的ではあるが、今回の調査から国内産スレートとして最古の事例と考えられる」との表記もなされています。

なお、調査はいずれも「非破壊調査」で行われており、今後、解体修理が行われる際には、さらに新たな事実が見付かる可能性が十分残されています。

東北学院は、TG Grand Vision 150の第Ⅰ期(2016~2020年)中期計画の中で、「デフォレスト館等の歴史的建造物の維持管理と紹介」を挙げており、創立130周年記念事業募金にも「デフォレスト館(旧シップル館)整備・保存事業」を柱の一つに掲げています。国の重要文化財には、「保存」だけではなく広く「活用」されることが求められており、今回の指定は「活用」に向けた計画の具体化へと歩みを進めさせる契機になるものと期待されています。